
「アイヤー、どうもこうもナイアルヨ」97年目次 前 次
陳さんは、今日仕入れた食材を指さして嘆いていた。
ここは五番町にある「レストラン千代」だ。そして、わたしの名前は、みやちょ。この店のオーナーである。この店は、和食、中華、フレンチ、イタリアン……、色々な国の料理を出すのが売りの店だ。いわゆる多国籍料理の店である。今風に言うとマルチ飯屋だ。いや、もう誰も言わないか。
さて、陳さんは一体何を嘆いているのだろう。どれどれ……
なるほど、陳さんが嘆くのも無理はない。なにしろ箱に入っていたのは、大量のフグだったからだ。どうやら間違えて注文してしまったようである。
「アイヤー、わたしフグなんて頼んでいないアルね。わたし頼んだのイルカあるネ。日本人、イルカの漢字も知らないアルね。中国人のわたしでも、フグの漢字くらい知っているアルよ」
しかし、発注書には「河豚」と書いてある。陳さんの字で。
それにしても、このフグの処分である。あいにくわたしは、フグ調理の免許を持っていない。このフグは捨てるしかないのだ。でも、もったいないなあ。
すると、陳さんが言った。
「今日は、フグ中心の料理にするしかないアルね」
陳さん、フグの調理ができたのかっ!?
「中国人、脚のあるものテーブル以外食べるね。羽根のあるもの飛行機以外食べるアルね。食べられるモノ、どんなモノでも料理にするアル。コレ、中国人シェフとして当たり前のことアルよ」
そうか。それは良かった。これで材料を無駄にしないで済む。今日からフグもメニューに加えることにしよう。早速陳さんにいくつか料理してもらい、試食することにした。
最初は、フグの蒸し物にキャビアをのせた前菜だ。
「これは、フグが大変好きなことから『フグ王』と呼ばれていた中国の王様に献上したものアルね。あまりにも美味しくて、王様はたくさんの知人に、この料理を紹介する手紙を送ったアルね。その手紙に、「あなたの知人にも、これと同じ文面の手紙を送って、この料理を広めなさい」と付け加えたアルね。ちなみにこの手紙のこと『フグ王の手紙』と呼ばれているアルね」
陳さん、もっともらしいことを言う。
次は、フグヒレのスープだ。なんとも良い香りがする。
「これは、中国の兵隊さんの料理アルね。後方の食料部隊がこの料理を作っていたら、あまりにも良い香りがするので思わず前線にいる兵隊さんまで、戻ってきてしまったという曰く付きのスープアルね。フグ退転アルよ」
陳さん、得意満面だ。
その次は、フグのから揚げだ。ピリ辛の下味が付けてある。
「これは中国の家庭では、子供のお弁当に入れるあるね。お母さんの愛情が篭っているアル。フグ愛ね」
陳さん、今度はちょっと自信無さそうにサラっと流した。
その次は、ご飯にフグのあんかけをのせた中華丼である。
「これもフグ愛の料理アルね。中国公安局の取調室で、容疑者によく出されるアルね。これを食べると、容疑者は故郷の母を思い出して、ポロっと自白してしまうアル。日本で言えばカツ丼ね。もちろんBGM付くアル」
陳さん、そう言ったかと思うと、突然歌い始めた。
「母さんが夜なべをして、手袋アンディ・フグだー」
陳さん、そうか。さっきのは前振りか。しかし、アンディ・フグは、河豚ではないぞ。
次に出てきたのは、点心だ。フグのヒレを肝のソースで味付けしたものをフグの皮で巻いて揚げたものだ。
「これを食べる時には、誓約書がいるアルね。誓約書には印鑑がいるアルね。印鑑を持っていない時は、ボインでいいアル」
陳さん、そう言ったかと思うと、わたしのシャツをめくり上げ、乳首に紙を押し当てた。アフン。わたし、そこは弱いのよ。
「これでOKね。フグは食いたし、命はお乳アルね」
陳さん、ボインじゃない拇印アルね。中国人、やっぱり漢字知らないアルね。あっ、陳さんの口調がうつってしまったではないか。
誓約書 わたしは、この料理を食べて毒にあたっても、 一切文句を言ったり、訴えたりしません。 みやちょ
ところで陳さん。この料理、毒は大丈夫だろうね。まあ、免許を持っているから平気か。
「ん? 免許? なんの事アルね?」
なんだ。免許持っていないのか。よく考えたら、中国人の陳さんが日本の免許を持っているはずないか。でも、フグは何度も料理したことあるんだし、この料理に関してだけは平気だよね?
「わたし、フグ料理するの初めてアルよ。中国人、あまりフグ食べないアルからね。それに、わたし、料理したことあるなんて、一言も言ってないアルよ。バックスクロールして確認するアルね」
でも、脚のあるものうんたら、羽根のあるものかんたらって言っていたではないか。
「フグには脚も羽根も無いアルね」
嗚呼、なんだか体が麻痺してきた。動けない。どうやらフグに当たったようだ。
「最後のデザート残っているアルね。そんなところで固まっていないで食べるアルね。出されたモノ食べないのは失礼アルよ」
最後に出てきたのは、フグの白子のアイスクリームである。白子をエバミルク、生クリーム、卵と混ぜ合わせて泡立て冷やしたものだ。グアバの実を器にしてある。
「さあ、さあ、これは器まで食べるアルよ」
ううっ、痺れて動けない。
「毒、グアバ皿までアルよ」
というわけで、今日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。
↑これは日記猿人のなんたらボタンである。